トリップコラム スペイン篇

スペインについて

スペインは日本の約1.3倍の国土をもち、約4,760万人(2022年)の人口を有する国です。
首都はマドリッドで、50の県があり、17の州に括られています。

なんと、スペインは憲法に正式な国名が定められていません。
日本の外務省がスペインを呼ぶときはスペイン王国(Kingdom of Spain)を採用しています。

今から5000年くらい前に古代イベリア人が定住し、今から3000年くらい前にはケルト人も住みはじめた、と言われています。
紀元前201年にはローマ帝国がイベリアの支配権を確立し、5世紀には西ゴート王国が建国されました。

一大転機を迎えるのは711年です。
イスラム勢力がイベリア半島に進出した結果、西ゴート王国が崩壊して、イスラム・ウマイヤ朝の支配が始まりました。
ここからイスラムとキリスト教の長い闘いが始まります。
その後、キリスト教徒によって国土回復がなされたのは1492年でした。
この年にコロンブスがアメリカ大陸へ到達し、スペインは海洋王国となります。

16世紀後半には、無敵艦隊と呼ばれたスペイン海軍が、英海軍に敗北します。
その後フェリペ5世が即位し、ブルボン朝スペインが成立します。
共和制を経てスペイン内戦後、フランコ政権が36年の長きに渡り支配します。
フランコの死後フアン・カルロス1世が国王に即位して王国となり、その後2014年のフェリペ6世国王即位へと続きます。

現在の内政では、主にバスク、カタルーニャといった独自の言語や歴史を有する州において、より広範な自治や、スペインからの分離・独立を求める動きがあります。
イベリア半島にはイスラム文化の影響が色濃く残っており、蒸溜技術や冶金もイスラムから伝わりました。199

スペインの食文化について

スペインの国民一人あたりの肉の摂取量は2020年の統計で約102kgで、1日に平均279gの肉を消費している計算になります。
これは世界7位であり、日本の国民一人あたりの肉の摂取量の大体2倍となります。
肉の種類を見ると、豚肉が圧倒的に多く、牛の7.2倍、羊の33倍、鶏の43倍も消費されています。
豚肉王国なのですね。

イベリコ豚について

豚は、哺乳綱鯨偶蹄目イノシシ科の動物で、イノシシを家畜化したものです。
豚の家畜化の歴史は古く、諸説ありますが、1万年前から8000年前くらいにかけての時期にユーラシア大陸の東西、つまり中東と中国でそれぞれ豚に変化していったと考えられています。
イノシシは比較的家畜化し易い様で、縄文時代から弥生時代にかけての日本でもイノシシと豚の中間的な頭骨が発掘されています。

豚の種類は、ヨークシャー種、バークシャー種、ハンプシャー種、そして今回のイベリア種など、さまざまな系統があります。
豚はフェニキア人によって東地中海沿岸(現在のレバノン)からヨーロッパ各所に持ち込まれ、それぞれの場所で品種改良されました。
イベリコ豚の純粋種であるイベリア種はフェニキア人によってイベリア半島に持ち込まれ、ポルトガルとスペインの国境周辺でイノシシと再度交配してイベリア種になっていったと考えられています。
イベリコ豚の体毛の色は黒か赤で、爪は黒です。

皆さんが、スペイン料理屋さんなどで生ハムの原木の塊から切り分けられた生ハムを食べる時は、爪をチェックしてみてください。
白い爪ならイベリコ豚ではありません。
スペイン産の生ハムは、イベリコ豚であれば、その育て方で、名前も、付いているタグも変わります。
(日本のズワイガニが漁港別に銘柄蟹のタグを付けている感じです。)

最高級のデ・ベジョータ(De Bellota)は10月から3月までの時期には飼料は与えられず、自分でどんぐりの森でどんぐりや自生する植物を食べます。
イベリコ豚の純粋種であるイベリア種100%なら黒いタグ、50%から75%なら赤いタグが与えられます。
放牧場で飼料とどんぐりを食べた豚には緑のタグ、飼料で育てられたら白いタグです。
熟成期間にもよりますが、黒いタグの原木だと1本10万円近くしますし、なかには1本30万円もの高値で販売されているものもあります。

パエリアについて

パエリア(La paella)はスペイン語で、フライパンの事です。
料理のパエリアを煮込む、平べったくて両側に取手のある、あの鉄製の鍋を指す言葉でした。
その後、その鍋で作る米料理そのものも指すようになりました。

料理の方のパエリアは、バレンシアのアルブフェラ地方で初めて紹介されたとされています。
米がイベリア半島に伝わったのはアレキサンダー大王の頃と言われていますので、今から2300年くらい前の事です。
バレンシアの米料理が記録に初めて出てくるのは、今から300年くらい前の料理本です。
ここでは、煮汁が多い場合は「カタルーニャ風」で、乾いている場合は「バレンシア風」の米料理になると説明されています。

パエリアとして最初にレシピになったのは、1857年です。
M.ガルシアレーナとマリアーノムニョスが「La cocina moderna(直訳で『現代の料理』)」という本を出版しました。
その中に掲載されている「バレンシアのフライパン(パエリア)」というレシピでは、ピーマン・鶏肉・鴨肉・豚ロース肉・ソーセージをラードで炒め、ニンニク・トマト・パセリ・米をいれて炊く、 ご飯を炊いている途中は絶対にかき混ぜず、火から下ろしてから蒸らす、と明記してあります。
今回のレシピと同じく、鶏と野菜のパエリアが原点だったのですね。

ポルボロンについて

ポルボロン(polvorón)はスペイン語で粉や砂糖を指す言葉です。
スペインやスペイン語圏の多くの場所でクリスマスの代表的なお菓子であり、食べるとさらりと溶けるので、この名前がつけられています。

ブールミッシュの吉田菊次郎シェフが著した「ヨーロッパお菓子漫遊記」で、「口に入れて溶けるまでに『ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン』と3回唱えると“幸せが訪れる”と伝承されている」と書かれています。

ソラール ビエホ クリアンサについて

スペインのワインの原産地呼称保護の最上級はDOCaで、スペインにたった2つしかありません。
ひとつはリオハでもうひとつはプリオラートです。

リオハは古代ローマ時代からの歴史ある産地で、高級赤ワイン産地として世界的に有名です。
19世紀にボルドーの醸造技術を取り入れて大きく発展した歴史を持ち、 DO認証は1926年で最初に認定されたグループです。
長期熟成をこよなく愛する国民を守るために、リオハDOCaには厳しい熟成規定があり、ワイナリーでしっかり熟成させてから出荷されます。

ソラール ビエホは、凝縮度の高い上質なワインを産出するリオハ北部のバスク州アラベサ地区にあります。
ワイナリーは1937年、エンジェル サンタマリア ロペスにより創設され、2004年にフレシネグループの傘下に入りました。
以降、設備や樽への大きな投資が可能となり、フレシネグループの品質基準に則った厳格な品質管理の下、銘醸地の地質と伝統を活かしながらも、伝統的な、長期熟成による枯れた味わいのリオハワインとは一線を画した、果実味が豊かで、クリーンでしっかりした酸味、繊細なタンニンを持つエレガントな味わいのワイン造りを目指しています。

ソラール ビエホのワインメーカーはヴァネッサ・インサウスティです。
彼女は「リオハはスペインで最も伝統も実力もある生産地。ソラール ビエホは1937年創業だから、リオハでも古くからある名門なの。でも、私のワイン造りのテーマは『新しいワインの価値の提案』だから、熟成したワインも素敵だけど、私は生き生きとした果実味を楽しんでもらいたい。」と話していました。

ソラール ビエホ クリアンサは、アメリカンオークで12ヶ月熟成し、その後、最低12ヶ月瓶熟してから出荷します。
グラスに注ぐと、少し暗さのある赤で、やや濃い目、オレンジのトーンを少し含んでいます。
香りはブルーベリーなどの色の濃いベリーを連想させる香り、そして、それを少しコンポートしたニュアンスも・・・複雑で奥行きがあります。
バニラやココナッツ、キャラメルなど、アメリカンオーク由来と考えられる香りもあります。
まろやかさのあるアタックで、味わいは果実のたっぷり感と複雑な味わいの合わせ技。
タンニンは中程度で、しっかりとした構造をもつワインです。

お料理とワインのペアリングノート

イベリコ豚のロースト・シェリービネガーソースとワインを合わせます。
まず、豚肉を齧ると、イベリコ豚特有の味わい深さ、何より脂の部分の甘みが美味しく感じられます。
ソラール ビエホ クリアンサと合わせると、甘さが更に際立ちます。
これは若いタンニンと動物性脂肪とが出会うと、口中で甘味に転換するという、ワインと料理のマリアージュの「イロハのイ」なのです。

イベリコ豚のコクやしっかりした旨味にも、ソラール ビエホ クリアンサは負けていません。
イベリコ豚が持っているナッティさと、アメリカンオーク由来のココナッツの香りが見事に共鳴しています。

シェリービネガーソースは、日本の豚の生姜焼きのソースのように甘くはありません。
酸味があって甘くないこのソースと、ソラール ビエホ クリアンサの、酸のボリューム感と甘さ感のレベルが一致していて、とても心地良く感じます。
こちらもワインと料理のマリアージュの基本、「似た者同士は良い相性」ですね!
ローズマリーの香りと、テンプラニーリョが本質的に持っているスパイシーなトーンとも、奥深くで共鳴している感じがしました。

パエリアを食べてワインを飲むと、チキンと、パエリアの中のトマトの個性的な味わいと、パエリアミックスのなかのスパイスが強調されます。
オレガノやドライトマトの量を更に増やすと、ソラール ビエホ クリアンサとの調和感は更に強くなると思いますので、お好みでお試しください。
パエリアの鶏の出汁の旨味と、ソラール ビエホ クリアンサの豊かな果実味が良く調和しています。
焼き鳥のタレが甘いということからもわかる通り、鶏肉と果実は仲良しなのです。

そして、ポルボロンです。
「お菓子に辛口の赤ワインってどうなの?」と思った方は、実際に合わせてみて驚かれたと思います。
ポルボロンを口に運ぶと、その名の由来の通り、正に解ける口溶けです。
バター、アーモンドとシナモンの味わいが口に広がります。
その味わいと、ソラール ビエホ クリアンサのアメリカンオーク樽由来のバニラやココナッツの香りとが、共鳴します。
シナモンは、ニッケイ属の植物で、日本伝統の「ニッキ飴」材料になる肉桂の事です。
今回のポルボロンのレシピは比較的、甘さ控えめです。
なので、辛口のソラール ビエホ クリアンサの果実味と酸の爽やかな余韻とで、とても美味しく食べる事が出来ると思いますよ。

サントリーソムリエ 久保 將

一般社団法人日本ソムリエ協会の執行役員でもあり、サントリーではワインのスペシャリストとして、長年ワインの啓蒙活動に従事。

社内外で育てたソムリエ、ワインアドバイザーはなんと1,000名以上。

久保ソムリエの著書「ワインテイスティングの基礎知識」は必見。