トリップコラム ポルトガル篇
ポルトガルについて
ポルトガルはユーラシア大陸の西の端にあり、北海道よりもちょっと広い、小さな国です。
イベリア半島の南西部分で、南北に細長い形をしており、北と東はスペインに接していて、西と南は大西洋です。
今から3万5000年くらい前はクロマニョン人が住んでおり、洞窟壁画を残しています。
紀元前3000年ごろから農業の痕跡があり、紀元前1000年ごろにフェニキア人が青銅文明を伝えたと言われています。
もう少し後に、ギリシア人もイベリア半島にやってきて、「この地に住むのはイベリア人だ」と書き残しています。
紀元前200年ごろにはローマがやってきます。ローマ軍は約70年かけイベリア半島を制圧します。
3世紀頃からローマが徐々に衰退し、4世紀にはイベリア半島にゲルマン人が侵入し始めます。
ゲルマン人の支配が途絶えたのは711年で、そののちイスラムによる支配がはじまります。
キリスト教徒による国土回復運動であるレコンキスタはその後から始まるのですが、ポルトガルでの成就は1249年です。
スペインが1492年までかかっていますので、200年以上早くイスラムからの支配から脱しているのです。
ポルトガルの海洋進出は1415年のモロッコのセウタ攻略からです。
ポルトガルがアフリカ大陸最南端の喜望峰に到達するのは1488年、スペインがレコンキスタを成就する前です。
ポルトガルは大航海時代の幕を切って落とした国なのです。
ポルトガル料理について
ポルトガル料理の特徴は、かつての支配者の影響と大航海時代の影響を受けている事です。
シナモンやサフランは、イスラムやギリシャ人の影響です。
今もポルトガルに色濃く残るバカリャウ(塩蔵した干し鱈)料理は、365日違うレシピで出せると言われるくらいバリエーションが豊かですが、長い航海に長期保存できる塩蔵干鱈が欠かせなかったからです。
パプリカやピリピリ(小さく辛みの強いトウガラシ)、バニラといった、ポルトガルのかつての植民地が原産のものたちも、大航海時代の影響と言えます。
ポルトガル料理では香草のコリアンダーを多用します。これはヨーロッパでは珍しいですね。
コリアンダーは、日本では、パクチーや香菜(シャンツァイ)やとしても流通しますが、あまり知られていない標準和名はコエンドロ(胡荽)で、これはポルトガル語のコエントロ(coentro)から来た名前だと言われています。
豚肉とアサリのアレンテージョ煮込みについて
豚肉とアサリのアレンテージョ煮込みは、ポルトガル中南部のアレンテージョの郷土料理です。
アレンテージョ(Alentejo)は、ポルトガルの7つに分かれている地方の一つです。
大きなエリアで、面積は26,000平方キロメートルですから、ポルトガル全土の約28%も占めています。
四国よりちょっと大きく、九州よりは小さいくらいの大きさです。
名前はalém(=超えた向こう側)tejo、が変じてAlentejoになりました。つまり、テージョ川(o Tejo)の向こうという意味です。
テージョ川は1,000kmを超える川で、イベリア半島で最も長い川です。
スペインまで遡るとタホ川(el Tajo)と名前を変え、マドリッドを通って、アラゴン州のイベリコ山系が源流です。
アレンテージョ地方は、穀物生産が盛んな豊かな土地で、「ポルトガルのパン籠」と呼ばれています。
農業、牧畜や林業が主な産業でコルク樫が特に有名です。
コルクは、なんと全世界の生産量の約52%(約31万トン)がポルトガルで作られていて、そのかなりの部分が、ここアレンテージョ地方で生産されています。
ワイン用のコルクに至っては、ポルトガルのシェアは世界の70%にも及ぶのです。
ポルトガルはコルク王国なのですね。
畜産では豚が特に盛んで、イベリコ豚同様に、どんぐりを食べさせるために放牧して育てられる豚が沢山います。
放牧されている場所は、もちろん広大なコルク樫の森です。コルク樫の森はポルトガル全土で約70万haもあるんですよ。
豚バラの塊を一口大に切って、塩とパプリカの擦り下ろしで最低1時間マリネします。
パプリカはポルトガル料理では良く使われる食材で、かつて植民地だった中南米の原産です。
フライパンで、マリネした豚バラを焼いて色づいたら、アサリとトマトと白ワインと揚げたジャガイモと炒めた玉ねぎを入れて、蓋をして蒸し焼きにしたら出来上がりです。
アロース・デ・ポルヴォ(ポルトガル風タコのリゾット)について
今回のもうひとつの献立はアロース・デ・ポルヴォです。
ポルトガル語でアロースはお米、ポルヴォはタコなので、「タコご飯」ですね。
ポルトガルは日本やスペインのガリシアと並んで、日常的にタコを食べるエリアです。
ポルトガル語のサイトでArroz de polvoを調べると、「ポルトガルを代表する料理」「シンプルだけど大変美味しいポルトガルの誇りとも言える料理」など、レシピを賞賛する記事がたくさん見つかりますが、実はどこの地方が発祥という情報が全くない、ある意味不思議な料理です。
いろいろと調べ、地名の付いたレシピをいくつか見つけることもできます。しかしどの記事にも、それぞれの地域が発祥の地であるという情報は見つかりません。あまりにポピュラーになった料理なので、発祥の地は忘れ去られたのかもしれませんね。
タコについて、特に切り方にはルールが無いようです。
見受けられるレシピのタコの形状は本当に様々で、真ん中に1匹丸々鎮座している写真もありましたし、かなり細かく切り刻まれているものもありました。
今回皆様に作っていただくアロース・デ・ポルヴォは合わせるドリー ティントが赤ワインなので、それに寄り添うためにも料理中に使うワインを赤ワインにしてあります。
ドリー ティント アデガマインについて
ドリー ティントを醸しているアデガマインは2011年に創設したワイナリーです。
設立わずか5年でポルトガル国内でワイナリー オブ ザ イヤーに選ばれる、今注目の生産者です。
ワイナリーの場所は、リスボンから北に40km、大西洋からわずか10kmに位置します。
ポルトガルを代表する醸造家アンセルモ メンデスと若手のディオゴ ロペスが手掛けています。
2日間のプレマセレーション後、2週間22~25度に温度管理をして発酵。一部フレンチオークで熟成。原産地呼称はIGP リスボンです。
ポルトガルの地場品種であるトウリガ ナショナルを35% とアラゴネス 15%、国際品種のシラーと ピノ ノワールを30%と20%で醸しています。
スミレやワイルドベリー、カシスなどの凝縮した香りが豊かです。
ベリーの香りの中に、少し、コンポートしたニュアンスがあるのは、産地であるIGP リスボンがポルトガルでも中部に位置しており、豊かな太陽に恵まれているからです。
ミディアムボディで、タンニンはしっかりとありつつも、口中にフルーティーな果実味が広がります。
瑞々しく洗練された味わいのワインです。
お料理とワインのペアリングノート
まず、豚肉とアサリのアレンテージョ煮込みとワインを合わせてみましょう。
ドリー ティント アデガマインの豊かな果実味が、パプリカを纏った豚肉の旨味を、きちんと受け止めます。
ドリー ティントのしっかりとしたタンニンが豚肉と出会う事で、もともと甘いタッチのある豚の脂が、更に一層、甘くコクのある味わいに変化しています。
ジャガイモを口に運んで、一噛みし、そこにドリー ティントを含むと、ほくほくしたジャガイモが、甘く、解けていきます。
アサリの磯っぽさを感じさせるヨードのタッチにパプリカの風味が加わり絶妙なバランスになっています。
香菜の個性的な風味もアサリとドリー ティントを結びつける「繋ぎ」の役割を果たしています。
豚とアサリのアレンテージョ風の、山の産物と海の産物の不思議な調和感の世界に対してのドリー ティントは、豚肉との万全なマリアージュとアサリの持ち味もちゃんと活かした、素敵なマリアージュです。
一方、アロース・デ・ポルヴォは一見すると白ワインに合いそうな料理です。
まず、ご飯部分を一匙すくって口に運びます。
淡白ながら、しっかりと芯のある旨味が広がります。
そこにドリー ティントを一口飲むと、ドリー ティントの充実した果実味がアロース・デ・ポルヴォに奥行を与えて、美味しくバランスしています。
タコを噛みます。非常に柔らかいですね。
タコのむっちりとした筋肉の繊維の間から、ほんのりとした甘みが出てきます。その繊細な甘みとドリー ティントの素直な赤い果実の風味が、非常に上手く折り合っています。
料理に使うワインを赤に変更した事で、ドリー ティントとの相性が更に良くなっています。
サントリーソムリエ 久保 將
一般社団法人日本ソムリエ協会の執行役員でもあり、サントリーではワインのスペシャリストとして、長年ワインの啓蒙活動に従事。
社内外で育てたソムリエ、ワインアドバイザーはなんと1,000名以上。
久保ソムリエの著書「ワインテイスティングの基礎知識」は必見。